【くまのとおる】とろけてまざって

ジョルジョ・モランディという画家がいる。
活動の時期としては、現代芸術前夜ともいうべき新しいものが絶えず試みられた時代であったが、
モランディの作風はその中にあっても特異なものだった。
ただしいわゆる現代芸術の難解さとは全く無縁で、
その作風は普通一般向けの美術批評に用いられるような言葉よりも遥かに具体的に説明できる。
つまり、モランディがそのキャリアの全体においてひたすら描き続けた作品は、
家にある食器や容器を卓上に配置して見たままに描き写したものである、という、それだけである。
風景画も描いてはいるが、基本的にそれもまた静物画の延長であり、静物画の如き風景画であると言うことができる。

くまのとおるはエロマンガの作家としてはほとんど例外的に多作な作家であるが、
エロマンガの作風における分類としては(多少の例外はあるものの)初期から一貫して
同じ類型の作品を描き続けている作家でもある。
男性キャラクターあるいは男女双方がセックスに対して奥手であり、
男女ともに一人づつのキャラクター以外がフォーカスされることはなく、
いわゆる純愛ものの範囲を決して外れない。
性癖としては対格差のあるカップルを描いた作品が数作あるが、行為の内容はスタンダードである。
ヒロインのスタイルはは等身が高くスリムで、バストの大きさは現在主流のエロマンガの基準からすれば控えめ。
現在ほとんどのエロマンガがそうであると思われるむっちり、巨乳、ロリのどれにも属さない。
これがくまのとおるの初期から一貫した作風である。

だが、これをしてワンパターンだと指摘することは本稿の意図ではない。
むしろ、こうした一貫性の制約の中にありながら、同じ作品がひとつとしてない。
漫画の技術としては(非常に小慣れてはいるものの)天才的なものを見せる作家ではなく、
設定とシナリオの差異は順列組み合わせ的なものだが、
その中から感情の機微や関係のドラマを抽出するくまのとおるの手腕は傑出したものである。
冒頭に挙げたモランディが、同じロケーション、同じ対象、同じ主題から
事物の異なる関係や見方を扱った無数の異なる作品を生み出してみせたように、
これらの作品も作家の卓越した感性から成るものだ。
筆者が現在のエロマンガにおいて重要な作家を挙げよと言われたら、間違いなく名前を挙げる作家のひとりである。